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交配における近交化と近交弱勢

編集履歴

ある形質をより顕著にし、またその形質を遺伝的に固定化するには近親交配という交配方法が非常に有効です。
ですが近親交配を行うと近交化、いわゆる「血が濃くなる」という現象がおきます。

本稿では近親交配によって何が起こるのか、そしてメリットとデメリットを主に扱います。

1. 近交係数

近交係数(inbreeding coefficient)とはある個体の両親がたがいにどのくらい近縁かを示すものです。
近親交配の度合いがどの程度高まっているか、という事になります。

両親が非血縁個体の場合、その子の近交係数(F)はF=0になります。
逆に完全な近親交配の場合はF=1になります。

両親間の血縁関係による近親交配の程度は以下のようになります。

両親の関係 子の近交係数(F)
非血縁 0
兄弟姉妹(同胞), 親子 0.25
片親が同一の兄弟姉妹(半同胞) 0.125
いとこ 0.0625
自家受精(自殖) 0.5

1.1 近交係数の上昇による生存率低下

パリ動物園で1992年に生まれたナイジェリアキリンの子は生後わずか3ヶ月で死亡しました。
この子の家系図を辿ると、血縁個体間の交配が繰り返し見られたようです。
死亡した個体の近交係数はF=0.52だったとの事です。

2. 近交化

近交化とは近親交配の高まりの事で、これは閉鎖集団(他からの移入が無い集団)において進行します。
近親交配が繰り返されると、やがて完全な近交系となります。

例えば自家受精を10世代繰り返すとF=0.999に達し、また兄妹交配を20世代繰り返すとF=0.986に達します。

2.1 血が濃いとは

動植物の育種に携わった事が無い人でも、一般的に近親交配は忌避感を持たれる傾向があります。
日本でも三親等までは結婚出来ないなど、近交化が進まないように法律で制限されている程です。

近親交配を語る際に多くの方が「血が濃くなる」という表現を使いますがこれは「俗な言い方」と言えるでしょう。
血液の成分や濃度が本当に濃くなる訳ではありません。

では「血が濃い」とは実際にはどういう現象なのでしょうか。

2.2 ヘテロ接合度の低下

血が濃いという表現を、遺伝学ではアリルのヘテロ接合度が低い(ホモ接合度が高い)という説明が出来ます。
全てのアリル(遺伝子)がホモ接合してしまえばそれは「血が濃い」という表現の極致であり、全てのアリルがヘテロ接合していれば「血が薄い」と言えるかもしれません。

多くの種で近交係数の増加とヘテロ接合度の低下は個体の生存率,繁殖力,頑強性などの低下、集団における絶滅の可能性の上昇が確認されています。

これらヘテロ接合度とアリル数(遺伝子数)、遺伝率等から考えられる遺伝的な変異の大きさを遺伝的多様性と言います。
遺伝的多様性が低下すると、それだけ遺伝的に似た個体が生まれる事になります。
後述する近交弱勢と合わせ、環境の変化などに適応出来なくなり絶滅の可能性が高まります。

2.3 ヘテロ接合度と形質の固定化

モルフの多い種を扱う育種家は、より強い表現を求める為に複数の遺伝子がホモ接合するように交配を進める事があります。
また近縁交配という交配法で形質の固定化を行う場合は、戻し交配や同胞交配を行います。

近縁交配の中でも特に形質の固定が急速に行われる近親交配では、特に近交化の問題が表面化しやすいとされています。

一般にどのような形の近親交配でも、ホモ接合体が増加しヘテロ接合体が減少することで、形質(目に見える性質)が固定されていきます。
品種や系統作出の目標の一つは、人や個体にとっての優秀な形質の固定化でもあります(例えば美しい体色、逞しい体格、産卵数の多さなど)。

ある特徴Aを持っているとされる同系統のオスとメスを交配すると、生まれてくる子はその系統の特徴Aが必ず遺伝されるというのが形質が固定化されている事になります。
逆に特徴Aが子供に遺伝される事が全くない。遺伝されるのがランダムなのであれば、系統の形質固定がされてないと言えるかもしれません。

ただし前述・後述の様に、近親交配によるヘテロ接合度の低下は多くの弊害をもたらす可能性があります。

3. 近交弱勢

近親交配が進むと繁殖力、生存力などの低下が見られます。
これを近交弱勢(Inbreeding depression)と呼びます。

前述のナイジェリアキリンのように、産まれた子の生存率が低下するなどの報告が多くあります。
例えばRalls & Ballou(1983)によって調査された44の哺乳類の飼育集団のうち41集団において、異系交配よりも近親交配による個体の方が高い幼児死亡率を示しました。
また同胞交配では、幼児の生存率が平均33%減少していたそうです。

3.1 近交係数と絶滅の関係

人為的な近交集団の大部分(80 ~ 95%)は、8世代の同胞交配、または3世代の自家受粉の繰り返しによって絶滅したとあります(Frankel & Soule 1981)。
例えば同胞交配を続けて近交化したウズラの338集団は、すべて四世代後に絶滅しました。

ある集団の絶滅は近親交配か人口学的確立性(出生・死亡率および性比の変動)のどちらか、あるいはその両方によって起きると考えられます。
しかし飼育管理によって人口学的確立性の影響が除かれた状態でも、近親交配によって飼育集団の絶滅リスクは明瞭に高まる事がわかりました(Frankham 1955b, 1988).

以下はマウスとショウジョウバエの例になります。


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Photo By iori@geckoholic 2019-02-02

3.2 異なる分類群でも近交弱勢は同様に起こり得る

近親交配と絶滅に関する多くの情報は実験動物から得られたものです。
これらの情報をそのまま他の分類群にあてはめる事は出来るのでしょうか?

恒温動物、変温動物、そして植物の野生集団の間で近交弱勢に大きな差は見られないというレポートがあります(Crnokrak & Roff 1999).
また飼育集団でも同様に、哺乳類の目間で近交弱勢に実質的な違いがないとのレポートもあります(Ralls et al. 1988)

さらに25飼育集団において、近親交配による絶滅のしやすさを比較したところ、哺乳類、鳥類、無脊椎動物、および植物の間で有意な差はみいだされなかった(Frankham 未発表データ)とあります。
F=0.85(9世代の同胞交配に相当)での絶滅率は哺乳類で68%, 鳥類で81%, 無脊椎動物で60%, 植物の1種で99%というデータがあります。

4. 日常的に近親交配する種

もともと近親交配を行う種は、近交弱勢を示すものの、その程度は自然異系交配種に比べ小さい事が解っています。

自然下でも長い間、日常的に近親交配をしてきた種(または集団)においては、有害潜性(劣性)アリル(致死遺伝子、半致死遺伝子)に対して淘汰が働く機会が多いとされています。
従ってもともと近親交配を行う種では、近交弱勢の影響が小さいと予測されます。

但し4.2. 小さな集団サイズによる近交弱勢で述べている様に、「自然下で近親交配を繰り返している」という理由だけで「近親交配に強い種(有害潜性(劣性)アリルが除去されている)」とは言えません。
やはり出来る限り近交係数を低く保つ努力が必要と言えます。

4.1 自然下での繁殖様式

ある個体がその血縁個体と交配しやすい状況は数多く存在します。
近くの個体同士が交配することは、非血縁個体を探すための移動に伴う危険(例えば捕食、競争、飢餓)の回避につながります。

しかしながら日常的に近親交配を行う種の割合は極僅かです。
それらの種は通常、例えばコロニーを形成する種のような、血縁個体と交配することにより大きな利益が得られる生活史をもっています。

殆どの動物種は近親交配を避けると考えられています(Ralls et al. 1986).
多くの鳥類や哺乳類が近親交配を減らす移動・分散様式を持っており、例えばマーモットのように(Koenig et al. 1996)片方の性のみが移動するものがしばしば見られます。

4.2 小さな集団サイズによる近交弱勢

日常的に近親交配を行う種の割合が極僅かである事は前述しましたが、近交弱勢の影響が小さい種は更に少ない様です。
スウェーデンにすむヨーロッパクサリヘビの小さな隔離された集団における近交弱勢(Madsen et al. 1996)では、この様な問題について調べています。

スウェーデンのヨーロッパクサリヘビのある集団は40個体未満(成体は15個体未満)からなり、その生息地は少なくとも1世紀以上の間、同種の主要な分布地域から隔離されていました。
フィンガープリント解析から、同種の他集団に比べ、本集団の遺伝的多様性は低く、近親交配が進んでいる事が確認されました。

この小さな集団は他の大きな集団よりも産子数が少なく、子の奇形が多かったという近交弱勢の証拠を示したそうです。
その様な違いは異なる生息環境に起因する可能性もありますが、子の奇形については「環境要因ではないか?」という仮説は棄却されました。

何故かと言うと他の大集団から導入された雄が小集団の雌と交配したところ、奇形率が減少したからです。
さらに土壌試料の解析からは産子数や奇形率の相違の原因になるような重金属汚染は検出されなかったようです。

この様に「自然下で近親交配を繰り返しているから」という理由だけで「近親交配に強い種」と判断し、近親交配を繰り返すのは近交退化の危険が伴います。

5. 様々な交配方法

この節では近親交配を含む様々な交配方法と、そのメリット・デメリットを記載します。

  • 遠縁交配の属間交配、種間交配における雑種個体の生存率と繁殖能力の低下については生殖隔離機構を参照してください
  • また属間交配、種間交配を我々民間のエキゾチックアニマルの育種家がすべきではない理由はロカリティ、交雑、生殖隔離を参照してください
  • なぜ生殖隔離が働く場合と働かない場合があるのかは、種と亜種の違い亜種とは何かを参照してください

5.1 遠縁交配

遠縁交配には動物分類学から見た属間、種間、品種間の交配があります。

5.1.1 属間交配

属間交配(intergeneric crossing)は動物分類学上、属の異なるもの同士の交配です。
一般に実用性のある組み合わせが少なく、F1は雌雄ともに生殖隔離機構により生殖不能、又はどちらか一方が生殖不能の事があります。

追記2019/06/09
大変失礼しました。こちら同じEublepharis属なので属間交配ではない種間交配となります。

数少ない属間交配の有効例としては(翻訳)異なる2種のレオパードゲッコーによる実験的異種交配を参照してください(注意:属間交配を推奨するものではありません).

5.1.2 種間交配

種間交配(interspecies crossing)は動物分類学上、属は同じだが種の異なるもの同士の交配です。

属間交配よりも遺伝的に類縁関係のより近しいもの同士の交配なので、属間交配に比べてF1の生産がより可能ですが生殖隔離機構が働く場合があります。
F1の生殖性も雌雄ともに不能の場合が少なく、何れか一方のみが不能、または雌雄ともに生殖可能の場合が多くなります。

追記2019/06/09
属間交配から種間交配に一文を移動しました。

種間交配の例としては(翻訳)異なる2種のレオパードゲッコーによる実験的異種交配を参照してください(注意:属間交配を推奨するものではありません).

5.1.3 品種間交配

品種間交配(inter-breed crossing)は異なる品種間の交配です。

品種とは同じ種に属する家畜から出発し、形態、生理、能力などの点で他と区別しうるような特徴を持った遺伝集団を指します。
また遺伝集団とはその集団が持つ特徴が遺伝的に固定されており、その遺伝的な特徴を次代に確実に遺伝することの出来る集団を意味します。

品種間交配は属間交配と種間交配のような生殖隔離機構が働く事が無いため、F1の雌雄はともに完全な生殖能力を持ちます。

品種間交配の目的は、第一には新しく育種を開始する場合に必要となる基礎集団の変異の作成のために行われます。
2品種またはそれ以上の品種間交配によって、既存の品種には無かった新しい有効な遺伝的変異を持つ集団を作出することが出来ます。

第二には2品種またはそれ以上の品種間交配によって、単一品種の持つ欠点を補完し、それぞれの品種が持つ長所を寄せ集めた新品種を作出するためです。

第三には品種間交雑F1において発現する雑種強勢を利用するためにです。

雑種強勢とは品種間交雑F1または系統間交雑F1において発現する現象で、F1では両親の品種・系統よりも強い活力、すぐれた能力を発現する場合があります。
雑種強勢はすべての形質に発現するものではないですが、家畜の場合はとくに生産性に関連のある形質(産子数など)に発現するので生産性の増加に繋がります。

5.1.4 累進交配

累進交配(grading)とは他品種と比較して、著しく能力が劣っている品種の能力回復を図る交配方法です。
現在飼育している品種の能力が他品種よりも著しく劣っている場合、優れた能力を持つ他品種を数代にわたって交配し、能力の向上をはかる場合に用いられます。

5.2 近縁交配

近縁交配では5.1節で述べた属・種・品種間交配よりも遺伝的に近しい関係にあるもの同士の交配となります。

5.2.1 純粋交配

純粋交配(pure breeding)とは同じ品種、または内種内での交配になります(内種とは、変異が起きた個体を戻し交配や同胞交配等で変異を固定出来た集団を指す)。

系統交配や近親交配も大枠において純粋交配に属することになります。
特に純粋交配と系統・近親交配を区別する場合には、単に同じ品種内あるいは内種内の交配という漠然とした内容になります。

この交配方法は、特定の品種や内種がもつ形態的特徴や能力上の特徴を長期にわたって保持しながら、徐々に能力の向上をはかる場合に行われてきた方法で、古くから行われてきた最も一般的な交配方法です。
特に積極的な選抜を加えなければ、純粋交配法で品種の大まかな特徴は保持されていきます。

5.2.2 系統交配

系統交配(line breeding)とは同じ品種内でも、血縁的に近縁関係にある系統内での交配です。
家畜の場合、系統とよばれるには一応の尺度として集団内近交係数10~13%,血縁係数20~25%を有するものと考えられている。

系統内での選抜による交配では、後述する近親交配に比べて近交度の低い交配となるので、望ましい遺伝子を急速に固定する事は難しくなります。
ですが不良遺伝子が急速にホモ化する危険性も少ないというメリットもあります。

この交配法の狙いは血縁的に近縁関係にある優秀な個体を、徐々に繁殖圏内に取り入れてゆき、すぐれた能力をもった繁殖集団を維持していこうとするものである。
育種過程において、急速に近交度を高める必要の無い場合、また強度の近交によって不良遺伝子が急速にホモ化するおそれのある場合などに採用される。

5.2.3 近親交配

近親交配(inbreeding)とは同じ系統の中でも特に近縁関係のあるもの、すなわち親子(parent-offspring)、兄弟(brother and sister, sib)、叔姪(uncleniece)、祖孫(grandparent-grandchild)、従兄妹(cousin)間の交配をさします。

近親交配は遺伝子をホモ化する可能性がもっとも高く、すぐれた形質を急速に遺伝固定する場合にすぐれた交配方法です。
ホモ接合体が増えていきヘテロ接合体が現象して、形質が遺伝的に固定されていきます。
これは他の近縁交配でも同様ですが、その変化はゆるやかなものになります。

近親交配はこの様に遺伝固定化にすぐれた交配法ですが、一方で不良な形質についても同時に遺伝的に固定されてしまう可能性も高まります。
不良な形質の固定により奇形、致死因子、半致死因子などのホモ化も進行します。

また前述のように近親交配の継続によって近交度が上昇してくると、近交弱勢も発現してきます。

6. 近交化を避ける交配の実践

注意: 5章までは参考文献を元にした記載ですので間違いはないと思いますが、この章は学んだ事を元に方法論を考えながら記述しております。
よって誤りと修正と加筆が頻繁にされる可能性がありますので、参考にされる場合はご自身でも調査・計算のし直しなどをしてください。

6.1 近交係数の予測

我々一般のエキゾチックアニマルの育種家にとって頭の痛い問題に、野生採集個体の流通が皆無に近しい種の存在があります。
またその様な種でもヒョウモントカゲモドキクレステッドゲッコーの様に、ペットとしても繁殖そのものも非常に人気のある種が多いです。

この様な種の場合、ペアにしたい雌雄が絶対に血縁関係がないとは言い切れません。
むしろ遠縁とはいえ血縁関係がどこかにある、と考える方が自然かもしれません。

しかし我々には遺伝子検査などの手段は非現実的であり、推測・予測するしかありません。

ではどの様な予測の方法が考えられるでしょうか。

6.1.1 購入時に予測

ある種の特徴的な形質を持つラインのペアを同一ブリーダーから購入する場合、同じ生まれ年の個体をペアで購入したという想定で考えてみます。
このペアは兄弟または異父子、異母子の可能性が高いでしょう。

海外大手ブリーダーの場合は同一系統の種親も雌雄を複数用意しているでしょうから、同胞交配は避けていると仮定します。
ですが同一ラインなので近縁交配は前提としなければいけませんので、半同胞交配をしていると仮定します。
半同胞交配なので、購入した各個体の近交係数は0.125と仮定します。

祖先をa,b,c,dとすると以下の様になり、cが共通祖先となります。

  • a
  • b
  • 父の父c
  • 父の母d
  • 母の父c
  • 母の母e

この様な祖先を持ち、近交係数が0.125の兄妹を性成熟するまで育てて交配したとします。
その場合このペアの子供の近交係数は0.3125に近しい値になると考えられます。

但し「恐らく半同胞交配であろう」という仮定が違えば、全く違う値になるのであくまでも予測となります。

参考: JavaScriptによる近交係数の計算

6.1.2 交配結果による予測

5章までで近交退化による近交弱勢の具体例を記載してきました。
では逆に交配の結果(産子数や子の生存率)が思わしくないと近交弱勢が発生した、つまり近交係数を逆算出来るかもしれません。

例えばある種が一般に産卵数が10,子の生存率が50%とします。
「近親交配と絶滅の関係」というグラフに示したように、近交係数が0.25を超えると生存率が低下し始め0.75になると10%にまで下がります。

この様にグラフを参考にする事で、生存率からおおよその近交係数が逆算できる可能性があります。

但し、極稀ではありますが前述の通り「近親交配に強い種」というのが存在しているため、全ての種にこれを当てはめる事は出来ません。